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Kyoto Sanga F.C. & Takarazuka Review and etc.

星組『アルカサル-王城-』バウホール

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麻央くんと十碧くんのバウホール公演を見てきました。原作をほんっとに途中までしか読んでないっていう中途半端な予習具合だったのですが、それでもしていってよかったと思います。特に2幕。展開早すぎて裏切りと和解の連続でもう何がなんだか。ちょっとあまりにもストーリーというか、時系列を追うがゆえに心象とかがすっ飛ばされてるよう(誰もかれも保身の為なら親の敵とかお構いなし)に見えたかなぁ…
ラストシーンにしても、フラグだけ立ててそこで終わるんだ? っていう。ちょっと宙組のサンクチュアリと似たような、幸せそうな中にも不穏さの残るラストシーンだったように思います。
…ていうかこのエンリケの娘がナヴァラに嫁いで(エンリケから数えて)7代先がアンリ4世になるんだよね。


まずですね。原作の絵柄と三次元になった星組は全然違うはずなのに、でもなんていうか「再現率たっかいな」と思ったんですよ。お衣装と髪型のせいかしら。「似て非なる」という言葉があるけれど、その真逆で「全然違うのに本質が似ている」というか。
開演挨拶がユニゾンで聞こえてきた時にちょっとWMWを思い出しました。そういえばこの緞帳のお披露目がWMWだったなぁ…

ドン・ペドロ(麻央侑希)の後ろ姿からのあの幕開きはなんか無駄にテンション上がるオープニングでした。…ていうか後ろの兵士のしーらんがもうちょっと反則なんじゃないのってくらいにビジュアル大正義。やばい。やばいしか言えない。しーらん超かっこいい。隣のどいちゃん共々ダンスキレッキレすぎて全然モブらしくない。さては傭兵のプロか。
…ていうのはさておき。
入れ替わりで出てきたエンリケ(十碧れいや)が「私が望んでも決して得られないものを君は生まれた時から持っているんだ」みたいなことを言うのですが。これをこの先も、アルフォンソ11世(十輝いりす)が死んだあとの場面までの間に歌ったり、言ったり…3回めまでは数えてたけど途中でもうやめました。

でもその「望んでも決して得られないもの」が何なのかは何一つ具体的には言ってないっていうね。

察してちゃんか(違)

いや、でもほんとに。カトリック(プロテスタントとかまだない時代だけど)国で、「結婚」相手はたった一人(側室という名の愛妾は宗教的にはその他大勢のお手つき女と同じ)という環境だから、王の長子(庶子)であってもその他大勢のと同じで(あくまで宗教上の身分は)、正妻(という言い方も一夫一婦制だから厳密じゃないんだろうけど)の子供(ドン・ペドロ)との間には現代の感覚以上に大きな差がある…んだろうけど。実際このお芝居の中ではエンリケはドン・ペドロの持つカスティーリャの支配権を剥奪しようとするけれど、その座に自分が座ろうとまではしてないように思いました。アラゴンのフェルナンド(ひろ香祐)を抱き込んだりして次期王座にすえようとしてたし。
だからちょっと「ペドロ憎し」だけが見えてきて野心の行き先が…うーん…。

…でも結局、後々にエンリケ2世として即位するんだけど。

その話はちょっと置いといて。

何をおいてもマリア王太后(白妙なつ)が良かったんですよ。ほんっとに。レオノーラ(空乃みゆ)憎しでドン・ペドロを愛するものの、息子が意のままにならなくなったら今度は憎いレオノーラの息子、エンリケ(やフェルナンド)に王座を渡そうとする。結局マリア王太后が欲しかったのは「王太后」としての地位だとか、実権だったのかな、と。息子が王になることがその最短にして最も確実なルートではあったけれど、息子がその地位や実権を脅かすのであればそれが保証される「誰か」が王になることに何の抵抗もない。母であるよりも「王太后」であることのほうが大事、みたいな。
その王太后とレオノーラの歌もすごく良かったし、ころちゃんが侍女として結婚式の場面で歌ってるしでもうなんていうか娘役歌担当豪華すぎか。

マリア(妃海風)が途中からストーリーテラーみたいな役割になってて、正直言ってこのお芝居、風ちゃんが回してたんじゃないかっていう…。最後の「何か生き急いでおられるような」のフラグ立ても仕事までバッチリで。
歌が上手いのは超今更なんですが、もっと聞きたかったなぁ…とも思うわけで。

正妻のブランシュ姫(綺咲愛里)はもうほんっっっとに可愛くてですね。ブルボンのお姫様でした。確かに婚姻の場面で「(カスティーリャは)埃っぽくて汚れるから外には出ない」と宣言したからドン・ペドロも「だったら外に出られないようにしてやる」とばかりに幽閉したんだろうけれど、それにしたってマリアを愛するあまりにブランシュをないがしろにするその理由?動機?みたいなのが…ほんっとにマリアを愛す=ブランシュを憎む、になっててな…父親のアルフォンソ11世とやってることが同じっていうことに。あるいはドン・ペドロは父親のようになろう→父親と自分とを同化しよう…からのああいう行動だったのか。何にせよブランシュの扱いに対するフォローが全くなくて(母親に似ている、とは言ったけど)。ひたすらブランシュかわいそう。

先にエンリケ側のあれこれを書いておくのですが。

エンリケ(十碧れいや)はちょっと邪悪な王子様でした。私がどっちかっていうとエンリケに同情的だからそう思えるのかもしれないけれど。あれこれ策略を巡らせて、母親の遺言(本人に伝わったかはわからんけど)もかなぐり捨ててドン・ペドロと手を組んでダルブルケルケ(一樹千尋)を追い出したり、その追い出したダルブルケルケと手を組んでドン・ペドロを攻めたり…目的の為には手段を選ばない悪役なんだろうけど一本筋が通ってるしなにより高笑いが似合いすぎててそれはそれでいい。

ていうかまたヒロさんは舞台の上でお亡くなりになる役か…そういう役が最近すごく多い気がするわ。

ファドリケ(飛河蘭)はエンリケの双子の弟だからお互いタメ口聞いてるんだけど、双子っていう関係性があまりオープンになってなかったから(そして妹のカタリナ(五條まりな)の出番が非常に遅かった)からこっちがわの「家族」の概念がずいぶん希薄だったなぁ、という印象。それにしても飛河くん、歌上手かった。ナポレオン新公のメッテルニヒでさやかさん写しててお芝居上手いとは思ってたけど、歌も上手いのね…。

で、家令のカリリョ(朝水りょう)がほんっとにエエ声で。これはちょっとこの先の新公で気をつけて見てみようと思いました。

エエ声といえば、ダルブルケルケ亡き後の空中分解しかけている同盟軍の貴族達のコーラス。一人だけえっらい声が響いていると思ったらぽんちょでした。ここはダルブルケルケの配下カベサとしてではなく、一貴族としての出番だったのね。

ドン・ペドロ側の話も駆け足で。

ドン・ペドロ(麻央侑希)の「残酷王」の側面が薄かったなぁ…という印象です。功績が見直されて「正義王」とされたそっちの方を取り上げた感じというか。まぁ正妻を幽閉したり未亡人フアナと重婚して捨てたりしてる訳ですが。
でもこのフアナとは結婚するのに私(マリア)とは結婚してくれない、と言われた時の「結婚したかったのか」と返した所がね。女心を読めないのもさておき、「結婚=茶番」みたいに思っているあたりがそこまでカトリック信仰にガチガチに縛られてるんじゃないのかな、と。だからこそユダヤ人を登用するんだろうけど。
ていうか一番残酷な振る舞いをしていたのは間違いなく赤子の扱いでしたよね。我が子なのにあれだと揺さぶり症候群とかで早死に必至。

そんなドン・ペドロに登用されたユダヤ人財務官エル・レビ(壱城あずさ)、このスチルにもなってるヒゲ姿とプロローグその他の超かっこいい兵士の姿がほんっとに結びつかないんですよ。ある意味、最後までドン・ペドロに忠誠を誓った(もちろん利害関係から)のはエル・レビ(とマリアの親族)だけかな、と。

後は裏切りと和解を繰り返したアラゴン親王フェルナンド(ひろ香祐)、ひろ香くんといえば、新公でいつもおじ様役が多くてしかもそれがドレもこれも上手いっていうことからなかなか若い役のイメージがなかったのですが。いや、普通にしゅっとしたイケメンでした。95怖いなぁほんと。

あと、前回の新公で歌とビジュアルの凄さに目をむいた95の次に恐ろしい98な綾凰華くん。…引っ立てられ役多すぎ。
特に前触れ無く現れたビリャヘラとして連行され(セリフの言い回しは成長の余地あるな…と思いました)、また突然現れた王太后の情人マルティン・ロハスとしても連行され…短時間に2役で連行されるっていう珍しいものを見ました。

フィナーレは男役を引き連れて踊るぽこちゃんと、娘役を引き連れて踊る麻央くん。この娘役のお衣装が、宙組の鐘のフィナーレで蘭寿さんの周りの娘役が着ていたお衣装で…懐かしいなぁ…あれもう…4年前!? …もうそんなに前なの…。
そんなオラオラなフィナーレを終えた後で、ご挨拶がすんごいゆるふわだったポコちゃん怖い。何このスイッチオンオフ。麻央くんも「明日も寒いそうなので暖かくしてお過ごしください」…なんのご挨拶だ。

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